PICK UP BBS

 

アドリブの話

クラシック音楽の場合、特に初歩の段階では「楽譜を正確に」と云うのを耳に蛸ができるくらい聞かされます。しかし、楽譜通りに演奏する、あるいは楽譜通りに演奏しているつもり…と云っても、実際は物理的に楽譜通りの音が出ていると云う事は、おそらく絶対にありません。これは、どんな分野の音楽でも同じだと思います。

例えば、「ド」の二分音符が書いてあるとします。楽譜通りに完璧な音を出すとすると、それを図で描けば「棒の様に均等なドの音が2拍持続する」と云う事になるのですが、実際は、たとえばピアノで弾けば、最初にかなり強いアクセントがあって、後は減衰していきます。管楽器や弦楽器の場合は弾き方や吹き方によって色々とニュアンスは違ってきますが、いずれにせよ均等な音が均一に並んで出る事はほとんど無いと思われます。比較的均等な音が出るのはオルガンかも知れないですが、それでも決して機械的には均等でないと思います。

要するに、どんなに厳密なクラシックの演奏でも、見かけ上は譜面に忠実に…と云う事になっていも、楽器により、演奏者によって、強弱のニュアンスやビブラート、息継ぎ等で、書かれた楽譜と実際に出ている音との間には、かなりの違いが出てくる訳です。
 
テンポやリズムにしても同様で、インテンポと云っても、実際のテンポは決して機械的にに均一なものではなく、実際は結構びみょうに揺れているのです。

クラシックの楽譜でいうと、「ad libitum」と云う指定がある場合、それは、楽譜はちゃんと書いてあるけれども、テンポ・ルバート・強弱などが、奏者の自由に任されると云う意味です。
 
一方、ジャズやポップスの場合における「ad lib」と云うと、コードやモードだけ指定されて(その指定さえも、されない場合もある)、全てがプレイヤーに任されて、自由にソロやオブリガートを展開すると云う事になります。任されると云っても、実際には何を吹いてもいいと云う事ではなくて、雰囲気やスタイルなど、暗黙の了解と云う様な部分もかなりあります。

仕事場探検リポートの107番に「‘間奏の部分は楽譜が書いてあったから大体その通りに…’って、これは言い方を変えれば‘楽譜があっても、適当にアレンジして吹いちゃった’ってことなのかしらん?」と云ったくだりがありますが、あの日の黒石さんのダビングに関して云えば、楽譜に書いて有る部分はほぼその譜面に沿いながら適当な味つけをして、それ以外はフリーと云う事になります。この「適当な味付け」とは、装飾音符を加えたり(いわゆるコブシみたいな感じ)、書かれた音符を少し変形したり(これをフェイクと云います)、と云う様な事です。

フェイク(fake)とは「ごまかし」「いんちき」など、ネガティブな意味が知られがちですが、俗語表現として「見かけよく作りあげる」と云うのもあって、この場合はこれに近いと思います。ポップスでソロの場合は、楽譜通りに演奏したのでは全くサマにならない事が多いですし、楽譜もフェイクを前提として書かれている事の方が多いと思います。そう云うのが得意でないプレイヤーが来ると分かっている場合は、アレンジャーがそれらしく書いてしまう事もあります。

フリーの部分に関しては、アレンジャーや作曲家から「こんな風にやってほしい」と云う具体的、あるいはちょっと抽象的な注文が出される事が普通です。黒石さんと云う方は、プレイヤーの持っている良いものを引き出すのが大変お上手なのではないかと思っています。

 

 

 

 

楽器と気温

 

どんな機械や道具も、極端に気温の高い所や低い所ではそれが全く作動しなかったり、動作が狂ったりするものですが、これは楽器の場合にも云えることで、気温に関してはかなり大きな影響を受けるものだと思われます。
 
具体的にどういった影響が出るのかと云うと、管楽器の場合は寒いところではピッチが低めで音が鳴りにくく、逆に暑いところではよく鳴る代わりにピッチが上がりすぎてしまうと云った様な事が起こってくるのです。弦楽器にも同じような傾向が見られるようですが、そう難しくなく調弦でコントロール出来てしまうのですね。でも、管楽器の場合はピッチの微調整くらいは出来ても、正常に演奏できる範囲はかなり狭いと云えるでしょう。

寒いところでも演奏できないわけではないのですが、楽器の歌口に近い部分と遠い部分で温度差が出来てしまい、音によってピッチが変わってきます。ですから、温度差がなるべく出ない様に、楽器全体を均等に温めておく必要があるのです。

フルートの場合は孔を全て塞いだ状態…つまり、1番下のCの音の状態にして、更に足部管も軽く塞いで空気が溜まりやすくし、歌口から直に息を吹き込みます。これを何度か繰り返すと、演奏に支障のない程度には温まります。

また、同じ状態で足部管の方からも息を吹き込んでやる事で、楽器全体をバランスよく温めるのです。右の写真は、その足部管から息を吹き込んでいるところですが、昔のお風呂で使った「火吹き竹」のようなイメージがありますね。


でも、この作業も、吹いているうちに端の方から冷えてくる様な場所では、あまり効果が有りません。また、金管楽器だと、この反対側からの吹き込みと云うワザは使えないでしょうね。

弦楽器に「調弦」というピッチのコントロール方法があるように、管楽器には「管の抜き差し」と云うコントロール方法があります。フルートと云うのは「頭部管・真ん中の管・足部管」の3つのパーツを連結させているわけですが、その頭部管と真ん中の管をキッチリと奥まで差し込んで連結させるのではなく、少し余裕を持たせると云うのが「管を抜く」です。逆に「差し」とは、奥までしっかり差し込むと云う事ですね。フルートの場合は頭部管を2〜3ミリ抜いた状態がベストなのですが、これを抜いたり差したりします。クラリネットも同様ですが、クラリネットの場合はマウスピースと本体の管(?)の間に「樽」と呼ばれる部分があって、これを取り替えたりもする様です。オーボエやファゴットの場合は、リードの抜き差しで調整します。金管楽器の場合は、管の途中に調整用のスライドが付いています。トランペットやホルンの様にピストンやバルブが付いている楽器では、ピストン毎にスライドが有るのですよ。

また、管が冷えた状態で吹いていると、内部に水滴が溜まってくると云う問題もあります。少しくらいなら大丈夫なのですが、オーボエなどの穴の小さな楽器だと、水滴で穴が詰まってしまう事もあります。ピッコロなども、長く吹いているとよく水が溜まりますし、フルートの様な穴の大きな楽器でさえも塞がってしまう場合が有るのですよ。また、穴が塞がるまではいかなくても、タンポ(穴に直接接触する白くて柔らかい部分)に水滴が付いたりすると、これもまたピッチが狂う原因にもなりますので、やはり要注意です。

ずっと吹き続けていれば楽器の温度も維持できるのですが、休みが長かったりすると、また冷たくなってしまいます。そういう時には、次の出番の少し前から息を通して、楽器を温めておく必要がありますね。でも、スタジオでのレコーディングの様に急に持ち替えて吹く事が多い場合は、かなり状況は厳しくなってきます。吹き方を変えて無理にずり上げて吹くと云う事をするのですが、当然あまり結果はよくないですね。逆に暑すぎると、管を抜くしか対応の仕様がなく、これも、抜きすぎると音程のバランスが狂ってしまうので、限度があります。30度くらいになると、かなり無理が出てくるでしょう。

管楽器に限らず、楽器の演奏に適した気温は「約24度」と聞いた事があります。具体的な数値を決めるのは難しいかもしれませんが、要は上着がなくても快適に生活できる気温と云う事でしょうね。で、仮に24度が適温とすると、その上下せいぜい4〜5度くらいの範囲までだと、こう云った「抜き差し」や吹き方である程度はピッチのコントロールが出来るように思われます。

ただ、こう云う事を云っているのは、贅沢だと云われるケースもあるのかも知れませんね。何故なら、野外で演奏するブラスバンドなんかは、炎熱の競技場や零度を下回る様な冬の野外でも演奏する場合があります。ピッチの面など、目をつぶらざるを得ない部分があるのは致し方ないとは思いますが、そんな悪条件でもかなりのレベルの演奏を聴いた事もありますので、やはりそれなりの対応の仕方もあるのでしょうね。

楽譜の話

演歌系のとあるベテランのアレンジャーさんで、仕事場に入ってきて指揮台に上がると、開口一番「棒と楽譜は参考まで!」と叫ぶ方が居られました。これはある意味で一面の真理をついていると云えなくもないのです。

アレンジャーさんの場合は指揮法を正規に習った方はほとんど居られないですから、棒の振り方も当然我流となり、いわゆる「指揮者の棒」とはニュアンスが違ってくることも多いのです。実際のテンポのキープなんかは、ドラムやベースなど「リズム隊」と呼ばれる人達がやってくれますので、棒に依存する割合はかなり少なかったりする訳です。

楽譜に関してもしかりで、スタジオで使う楽譜は、ちゃんと印刷された様なのは滅多に有りません。ほとんどが写譜屋さんが書いた手書きの譜面で、中にはアレンジャーさんが書いたメモみたいなのや、スコアのコピーでやらされる事も有ります。いずれにしても、楽譜自体があまり信用できない事が多いので、楽譜に依存するタイプの人には辛いところかも知れないですね。

ギリギリのタイミングでスコアが上がって写譜屋さんに回される事が多いので、写譜ミスや、時にはスコアのミスもあります。それに、写譜屋さんも千差万別で、中には読みにくかったり、紛らわしい点も多かったりします。人によっては、いちいちそれを質問しまくる人も居るのですが、そんな事していたら時間ばっかり経って仕事に成りません。大抵は自分の判断で、適当に直したりする事が多いのです。単にミスを直すばかりではなくて、自分の判断で勝手に楽譜に書いてない事を吹くなんてことはクラシックの仕事では出来ませんから、スタジオならではの楽しみかも知れないですね。

 

 

 

 

金の笛 銀の笛

私がフルートを始めた頃は総銀製の楽器と云うのは稀で、一種のステイタスと云うか、フルート吹きにとって憧れの的でしたが、現在では至極当たり前と云うか、ありふれたものと云う感じに成ってしまいました。メジャーなプレイヤーのほとんどが、より高価な「金」「プラチナ」「ホワイトゴールド」等の、貴金属系の楽器を使う様に成ってしまったせいもある様です。

数十年前だと思いますが、金の楽器がポピュラーになり始めた頃の事、ある巨匠の口から、「値段が高いからエラいというものではない!」と云う言葉が発せられた事が有るそうです。

これに関しては、この巨匠の御意見はかなり正しいと思ってます。まあ、レベル以下の、設計や細工がめちゃくちゃな楽器は別にしても、ある程度ちゃんとしている楽器で、調整も出来ていれば、楽器による差と云うのは、そんなに無いと思っています。もちろん差は有るのですが、「楽器による差」よりは「奏者による差」の方が圧倒的に大きいのです。

好みの問題は別にしても、確かにプレイヤーは、より良い楽器を求めようとするのは当然なのです。でも、どんなすばらしい楽器でも、あまりパッとしない楽器でも、しばらく吹いている内に、楽器の音色よりは、その奏者の音色に成ってしまうのです。
 
断言できる事は、どんな上等の楽器を持っても、下手な奏者が上手に成る事は絶対に無いと云う事でしょう。ただし、一時的にですが、上手に成った様な気がする事は、確かに有ります。

最近は普通の音大生でも、金やプラチナの楽器が当たり前みたいに成ってますね。あまり大きな声では云えませんが、これは楽器メーカーと、フルートの先生方の陰謀(?)も有るのではないかと思っています。つまり、楽器屋さんは金やプラチナの楽器の方が儲かる、生徒に楽器を世話した事で先生に入るバックマージンも、当然、高価な楽器の方が大きくなる…等の理由で、「あんた、そんな安い楽器じゃ、音大には入れないよ」等と脅迫されて、ついつい高い楽器を買わされてしまうと云う様な筋書きが出来ているものと思われます。
 
まあ、そんな先生ばかりではないとは思いますが、やたらと楽器を買わせたがる先生は、ちょっと「?」だと思って間違いないでしょう。

ちなみに、わたし個人はずっと銀の楽器で、金やプラチナの楽器を持った事は有りません。理由は「吹きこなせない」「値段が高いので、アホらしくて買う気がしない(実は貧乏でお金が無い)」「楽器が重いので持っていると疲れる」等などです。

オーレル・ニコレと云う名手は、長い間「洋白(ジャーマンシルバー)」の楽器を吹いていたそうですし、1960年頃まで東京交響楽団に在籍しておられた木下芳丸さんは、真鍮(多分)に銀メッキの楽器を愛用されて、その素晴らしい音色は一世を風靡していました。

要するに、良い楽器とは、高価な貴金属を使った楽器ではなくて、その人に合った楽器、その人が気に入った楽器だと云う事でしょうか。

 

 

 

 

サントラ

 

「サウンドトラック」と云う言葉を初めて聞いたのは、昔のラジオのリクエスト番組だったと思います。まだ英語を習う前だったかも知れないので、言葉の意味など考えた事も無く、単に映画の中で歌われた主題歌などをそのままレコードにしたものだと思ってました。

最近では「サントラ」などと略して云っているのが、それですね。今の映画はもっと新しい方式で音声を記録していると思うのですが、昔の映画のフィルムを見ると、絵の横にギザギザの帯がずっと入っていて、これで音声を記録・再生していたのです。まあ、レコードの溝みたいなものだと思えば良いんでしょうね。で、そのギザギザが「サウンドトラック」なのです。だから、昔のサントラにはセリフや効果音も入っていたので、それなりに臨場感があって面白かったんですよ。

ところで、テープレコーダーが発明される以前は、音楽をダビングする際には、このフィルムに直接焼き付けてしまうので、やり直しと云う事が許されなかったのです。と云うか、NGが出たらフィルム1本がパーに成ってしまうので、大変だったらしいですね。

だから、入念にリハーサルを繰り返して、最後に本番そっくりに通してテストをして、しかる後に本番…と云う風にやっていた様で、本番の時はかなりの緊張感が有ったのではないかと思われます。その、最終テストの事を「本テス」等と云っていたので、随分後になっても、古い作曲家の方はよく「じゃあ、本テス行きま〜す」とか云ってましたね。

話が脱線しましたが、最近サントラと云われているアルバムは、映像に貼りつける以前と云うか、セリフや効果音とは独立した音源を使っているので、厳密にはサウンドトラックではないと云う事になりますね。

 

 

 

 

指揮者・朝比奈隆さんを忍んで

 

現役世界最高齢の指揮者だった朝比奈隆さんが亡くなられた事は、既に御存知と思います。

私は偶々ですが、関西交響楽団が大阪フィルハーモニー交響楽団として再発足した時に在籍していた事もあり、感慨深いものがあります。

当時は大指揮者と新米の笛吹きと云う事で、あまり親しくお話する事は出来ませんでしたが、私がひどいピッコロを使っているのを見かねられてか、ドイツに行かれた時にピッコロを買って来て下さり、感激したものです。もちろん団の楽器としてですが、在籍中はずっと使わせてもらってました。

特にお若い頃など、棒をふる時は非常に厳しい態度をとっておられましたが、私が東京に行ってからも、客演で来られた時などは気軽に声を掛けてくださったりして、人間的にとても暖かい方でした。

私が云う資格は全く無いのですが、棒の振り方は、お世辞にもお上手とは言えませんでした。今の若い指揮者の方が、ずっと上手な棒を振ってます。「上手な」と云うのは、この場合は「見やすい」「分かりやすい」と云う事です。ただ、技術的に指揮者に依存しなければいけない未熟なオケにとっては「見やすい棒」と云うのは非常に助かるのですが、成熟した自分たちのアンサンブルが固まっているようなオケだと、その見やすい棒が却って邪魔になる、目障り、と云う事にもなりかねません。

そう云うオケでは、指揮者が居なくても技術的には充分に演奏できるので、指揮者に期待するのは、色んな音楽的なイメージを喚起したり、ここぞというところで盛り上げてくれたり等、もっと高度な事だと思います。朝比奈さんの指揮は、その後者の方に当たる訳で、発足当時の大フィルの楽員達には「棒が見難い」等、かなり評判が悪かった様です。まだその頃は発展途上のオケだったので、ちょっと高級すぎる棒だったと云えるのでしょう。

朝比奈さんが先に外国で成功をおさめられ、また最近になって、日本でも持てはやされる様になったのも、その辺りの事情ではないかと思っています。本来、指揮者に期待されるのは、上手な棒ではなくて、大きな存在感や豊かな人間性みたいなものなのでしょうね。

今後、日本では朝比奈さんみたいなタイプの指揮者は、おそらく出てこないのではないかと思われます。そんな意味でも、大きな損失であったのですが、最後まで現役で通されたと云う事では、極めて幸せな一生を送られたと云ってもいいのかな、と思っています。

そう云えば、関係ないですが、亡くなられた朝比奈さんの事をオケのメンバーは「おっさん」と呼んでいました、私が在籍していた当時の話なので、最近はそんな事は無かったのかも知れません。
 
ちなみに、近衛秀麿さんの事は、近衛管弦楽団(後のABC交響楽団)のメンバーは「親方」と云っていたらしいです。お公家さんの近衛さんを「親方」と云うのは、ちょっとそぐわない感じがしないでもないですが、如何に楽員達に慕われていたか、と云うのが分かります。近衛さんは実に気さくな方で、いつだったか、山手線の電車の中でお会いして、びっくりした事がありました。

 

 

 

 

スタジオのアシスタント

 

スタジオの録音と云う業務は、色んな人たちの連携がすべてうまく行かないと成り立ちません。ディレクター・エンジニア・アレンジャ−・プレイヤー等など、とにかく色んなセクションの人がいて、そのどれが駄目でも滞ってしまいますので、それぞれの責任は重大です。

その中で意外と重要なのが、スタジオのアシスタントなんです。エンジニアと云うのは、あの膨大なスイッチやフェーダーの並んでいる「卓」の前に座って、音色やバランスなどを調整する「ミキサー」とも呼ばれる人で、アレンジャ−さんが気に入った人を連れて来る事が多いです。このミキサーさんのウデとセンスで、楽器の音色や全体のバランスなどの全てが決まってしまいますので、極めて重要なポストなのです。このミキサーさんには、スタジオやレコード会社、放送局やテレビ局などの専属の方と、フリーで活躍している方が居られます。

それに対して「アシスタント」と云うのは、普通はスタジオの従業員で、椅子を並べたり、マイクのセッティングをしたりと云う作業から、テープの頭出しをしたり、色んなアナウンスをしたりと、言わば雑用係りみたいなものなんですが、このアシスタントが要領を得ないと、スタジオの進行が非常にギクシャクしたものに成ってしまうのです。

「テープの頭出し」と云うのは、色んなものが入っているテープの適切な場所を探しだす事なのですが、これを間違うと、先に録音した部分に上書きしてしまったりと云う様なアクシデントも起こりかねません。時には大きな損害にもなりますので、実は大変コワイ作業なのです。

それと、最近の録音はマルチトラックが普通ですので、「個々に差し替え」と云う事をよくやります。つまり、演奏ミスがあったり、自分で納得が行かなかったところを、部分的に修正できる訳です。その際には、修正したい個所の成るべく直前で、尚且つ、プレイヤーには何処が出ているかハッキリ分かる場所からテープをスタートさせることが大事なのです。これが意外と難しい作業なので、アシスタントの腕の見せ所に成ります。

ただ、頭出しがうまく行くだけではなくて、「では、Aの4小節前から出します。どうぞ!」と云う風にアナウンスするのですが、そのタイミングや言葉のニュアンスだけでも、現場の雰囲気が随分と変わってくる事もあります。

「あそこのスタジオは、設備は良いんだけど、アシがイマイチで」、なんて話をよく聞きますが、アシとはもちろんアシスタントの事です。

 

 

 

 

題名のない音楽会

 

「題名のない音楽会」は私が東響に在籍中に始まったので、第1回から10年近く、欠かさずやってました。

今はそんな事はやっていませんが、その頃はオケのメンバーが1人ずつ楽器を演奏しながら登場すると云うスタイルを取ってました。

曲は黛敏郎さんのアレンジになる「聖者の行進」。まず、クラリネット、ついでフルート・・・と云う風に進み、最後に大合奏になると云う感じでした。ちなみに、最初に出てくるクラリネット奏者は、後に芸大の教授に成られた村井裕児さんで、その次が私でした。

順次プレイヤーが入ってきて、そのうちに指揮者(当時は故石丸寛さん)も、棒を振りながら登場、最後に大合奏に成って終わり、司会者が現れて番組が始まる、と云う構成に成っていました。

これだけでも、当時としては突拍子もない事みたいに思われたみたいですが、とにかく型破りな番組で、クラシックのオーケストラとしては考えられない様な事ばかりでした。ですから楽員一同、猛烈に戸惑ったり反発したりも有ったのですが、色んな事をやらされているうちに、馴れてしまったみたいですね。
 
その後は、あちこちの局で似たような番組が登場しましたが、結局は消滅してしまった様です。「題名〜」がずっと存続しつづけたのは、やはり黛さんの強烈な人間性とスタッフ一同のチームワークによるところが多かったのだと思われます。

 

 

 

 

ダビング事情

 

映画などの画像に合わせて録音する事も「ダビング」と云いますが、この場合のダビング(dubbing)は、先に入れた音に合わせて、後から更に音を重ねる事を指しています。スタジオでダビングをする場合は、いくつかのケースが有るので、その辺りを少しお話したいと思います。
 
@スタジオのスペースの関係で一度に出来ないので、分けて録音する

この場合は、順序が問題に成ってきます。普通は、やはりリズム隊を先に…と云うのが、原則でしょうね(このリズム隊とは、いわゆるリズムセクションの事で、ドラム・ベース・ギター・ピアノ・パーカッションetc です)。その後の順序は、場合によって違ってきます。
 
弦が入る場合は、木管などのメロディー楽器は、できるだけ弦と一緒にやった方がいいのです。何故かと云うと、弦セクションと云うのはどうしてもハイピッチになり勝ちなので、一緒にやらないと、先に入れたフルートのピッチがえらくぶら下がって聴こえてしまうと云う事もあるのです。

例えば、リズム隊の後にフルートを重ねて、その後に弦を入れると云う様な事があるのですが、よほど注意していないと、仕上がったものを聴いた時に「誰やねん、このぶら下がったフルートは!?」てな事になり兼ねないのです。最近はチューニングメーターの普及もあって、かなりマシには成ったのですが、後で弦を被せる事が事前に分かっていると、高めにピッチを取ったりします。

ブラスが入る場合は、ブラスを先にやった方がいいのかな。アドリブソロのパートは、できれば最後が良いと思います。

Aスケジュールの関係でメンバーが一度に揃わないので、別々に録音する

この場合でも、@で書いた順序が原則です。

Bエンジニア、もしくは作曲家やアレンジャーが、1つ1つの楽器を念入りに録音したいから、別々に録音する

昔からやっているエンジニアさんは、一緒にやってトータルなサウンドを把握するのはわりと得意なのですが、最近の人はこの個別録音タイプが多いですね。この場合は、細かい演奏ミスなんかを、厳しくチェックされる事が多いです。

Cアレンジャーの好みで、同一人物でダブったりハモったりして重ねる

ボーカルの場合でも、同じ人がユニゾンで重ねたり、あるいはハモったりしているケースはよくありますが、あれに近い感じだと思います。
 
同じ人がユニゾンで重ねたりハモったりすれば、当然ながらよく合い、よくハモるのですが、逆に、合いすぎて不自然な感じに成ると云う事もあります。アンサンブルと云うのは、ピッチや強弱、ニュアンスなど、諸々の葛藤みたいなのが有って、なおかつ綺麗なハーモニーに成るところが面白いので、まるっきり同じニュアンスの音が重なった場合は、綺麗な音はしても、面白みは少ないのだと思います。
 
一番良いのは、ダビングじゃなくて一緒にやれば良いのですが、音量や音色が違い過ぎたり、アンサンブルが悪かったりすると、自分で重ねたくなる時もあったりします。

最近のスタジオでは、ダビングと云うのは避けて通れないモノに成ってますが、色々な注意点や問題点も有りますね。

 

 まずは問題点
 
先に録音する人は、当然ながら後で入ってくる音を聴く事が出来ない。
後で入れる人も、ヘッドフォンやイヤフォンで聴くために、全体像がつかみにくい。
アンサンブルは本来お互いに聴き合ってするものだが、一方的に成ってしまう。
最終的にトラックダウンするまでは、仕上がりのイメージがつかめない。
演奏者の一体感が無い。
微妙なテンポの変化に対応できない

 

 逆にメリットとしては
 
プレイヤーのスケジュールが合わない場合でも出来る
パート毎に丁寧に録音できる
自分の納得が行くまでに何度でも出来る(逆に云えば、やらされる)
狭いスタジオでも大編成の音が作れる
同一人物によるダビングも可能

 

本来は、やはり同時録音が望ましいのですが、音量が極端に違う楽器を同時にやる場合は、どうしても衝立を立てたり、ブースを使う事に成ってしまいます。スタジオの構造にもよりますが、指揮者が見にくくなったり、全く見えなかったりするケースも多く、同録であっても部分的にはダビングになったりするのが現状ですね。

 

 

 

 

テレサ・テンとの思い出

 

あれは、かなり前…1980年代くらいだったでしょうか、今は亡きテレサ・テンとドサ回りをしたことがあります。「ドサ回り」と云うとあちこち回ったみたいに聞こえますが、実は1箇所だけで、何故か、あのロケット打ち上げと鉄砲伝来で有名な種子島に行ったのでした。どう云う趣旨で種子島に行ったのかも今では忘却の彼方ですが、とにかく、まだ有名に成る前のテレサ・テンと一緒でした。

当時、まだ10代だったかも知れませんが、とっても可愛かったです。そんな状況だったので、けっこう気軽に話も出来たのですが、ぽちゃっとした感じで肌が綺麗で、とっても性格の良い子だなと云う印象でした。それが後々ああ云う事になってしまうとは、本当に感慨無量と云う感じがします。

彼女はまだ自分の持ち歌が無かったようなので、いろんな歌手の曲を歌ってました。その中で私の印象に残っているのは、因幡晃の「分かってください」で、この曲を他の歌手が歌っているのを聴いたのは、他には記憶にありません。なかなか上手でした。オリジナルはたしかフラットが6個付く、Eフラットマイナーだったのですが、テレサはシャープが5個のGシャープマイナーで歌ってました(ヘンなことはよく覚えている)。あとは普通の演歌なんかを歌っていたと思います。

少し余談になりますが、一行がその種子島の会場に付いたら、なんとそこにはピアノが置いてないと云うので、大騒ぎになりました。向こうでは、楽器は全て持ってくるものだと思っていたらしいのです。すったもんだの挙句、急遽、どこからかアップライトのピアノを運んで来たみたいで、なんとか急場はしのげました。地方に行くと、こう云うハプニングが時々ありますね。

恐らく、島中探しても調律師の方なんて居られなかったと思われます。元々がそんなに良い状況で保管されていたとは思い難いですし、えっさえっさと運んで来た訳ですから、それだけでも狂っちゃうし、かなりスゴイ音がしていた筈です。

でも、あの場合はピアノの状態がどうだとか、調律がどうとかと云うよりも、有るか無いかと云う問題だったので、とにかく「ピアノ」が見つかって、喜んでいたのだと思います。
 
ちなみに、あの時アレンジをしたり棒を振ったりしておられたのが、何故かあの「鉄腕アトム」の歌の作曲者、高井達夫さんでした。

 

 

 

 

飛び入り

 

ある朝、突然インペク屋さんから「今日の2時からなんだけど、頼めるだろうか?」との電話がありました。昔だったら「当日になってからのオーダーなんて、とんでもねぇ」とか云って断っていたのですが、最近は人間が出来てきたと云うか、仕事が暇に成ってきたと云うかで、あまり気にもせず、へいへい…と出かけて行く事が多くなってきました。
 
急なオーダーが入る理由としては…
 
先に入っていた人が急な事情で来れなくなった
誰かが「穴」を空けた
インペク屋さんが頼み忘れていた
アレンジャーさんが急に思いついて、楽器を追加した

等などが考えられますが、1番多いのは4番目のケースでしょう。

クラシックの作曲家さんではあまりこう云う事は考えられないのですが、ポップス系のアレンジャーさんでは珍しいことではないようです。現場での閃きから「○○さん、空いてるか聞いてみて!」とか云い出すとインペク屋さんが慌てて連絡を取る。で、空いていればその楽器を入れて、もし駄目だったらまた別の手を考える…なんて事も、ごく普通に行われている様です。

朝のうちの電話だったら、もし空いていれば何とかなる事が多いのですが、時には夜になってから「これから、すぐに来れない?」なんて電話がかかって来る事も無いわけではないのです。でも、夕食時以降になれば、もう既に飲んでいる事が多いので、演奏はともかく車が運転できない…と云う事で断るのですが、場合によっては「飲んでてもいいから、そのままタクシーで来て!」なんて話になる事もあるんですよ。さすがに、うちの場合はギャラよりもタクシー代の方がはるかに高くつくので、町田に転居してからはそう云う事は無いのですが、都心近くに住んでいると、ちょうど良いご機嫌になったところを引っ張りだされるなんて事もあったりするのです。まあ、よほど泥酔でもしていない限りは、仕事に差し支える事は無いのですが、1人だけお酒の匂いをプンプンさせてスタジオに入るのは、ちょっと気が引けるでしょうね。

とは云え、やはり、その突然の閃きによって音楽がグッと良くなるケースがほとんどですから、急な呼び出しに多少の無理をしてでも応えて、そういう素敵な音楽の誕生の瞬間に居合わせたいなあとも思うのです。

 


 

内部塗装

 

篠笛や尺八の内部は、塗装してあるのが普通ですよね。弦楽器でも、内部は塗装されているのでしょうか。内部が木や竹のザラザラした地肌なのと綺麗に塗装されているのでは、音の反射の仕方、つまり響きが違ってくると云う事なのでしょうね。たしかに、塗装する前と後とでは明らかに音色が違います。わたしの感じでは、ノイズが減って木目が細かくなると云うか、綺麗目の音に成る様な気がします。逆に云えば、素朴な音が欲しければ、なにも塗らなければ良い訳です。
 
管楽器の場合の塗装には、音の反射の他にもうひとつ、管を水分から守ると云う意味も有ります。息を吹き込むわけですから、当然のごとく内部が湿ったり水滴が付いたりします。木や竹がこれを吸いこむと、膨張して亀裂を生じる事も有り得ますからね。あと、温度の変化も見逃せません。

要注意なのは、笛の場合は、塗装すると少しピッチが上がります。これは塗料の分の厚みで、菅の容積がほんの少しですが小さくなるのが原因です。正確なピッチが欲しい場合は、塗装する前にその分を計算に入れて調律しておく必要が出てきますね。逆に云えば、ピッチが低めの場合は、厚めに塗装すると云う手も使えたりするのですが。

弦楽器は調弦で調整できますが、木管楽器の場合は内径の影響が大きいので大変です。ヨーロッパでは竹が無い為に木管を使っていますが、これだと最初から丁度よい太さ(内径)の管が作れるので、そう云う苦労は要らないですね。

塗料は、日本では漆が普通ですが、わたしの場合は、漆に良く似た感じの「カシュー(カシューナッツの樹脂から作るらしい)」と云う塗料を使ってます。

下の赤いケーナは、そのカシューで塗装してるのですよ。もう20年くらい経ってますが、耐久性は大丈夫みたいですね。龍笛や尺八の内部は、漆を何度も重ね塗りする様で、音色にもかなり影響しているのでしょう。

 

 

 

 

パンチ・デルマ

 

映画のダビングは、実際にフィルムを回しながら、つまりスタジオに掛けられたスクリーンに映写しながらやってました。プレイヤーの方には、セリフなんかは聞こえて来ない様になっていましたが、誰よりも先に映画が観れたと云う訳です。
 
それで、どの辺りから音楽がスタートするかと云う様な事は、そのままでは分かりにくいので、その目印みたいなのが「パンチ」であり「デルマ」だったのです。

「デルマ」と云うのが「デルマトグラフ」と云う、本来は皮に書く為の特殊な鉛筆の事で、それだとフィルムにも自由に書けると云う事をつい最近まで知らなかったのですが、その鉛筆(?)で付けた印の事を、業界では「デルマ」と称していたのです。

「パンチ」なんて云っても、「デルマ」同様に最近のスタジオミュージシャンは知らない人の方が多く成ってしまいましたが、これはフィルムに開けた穴でして、音楽の始まる前に24コマ間隔で、2個、もしくは3個のパンチが入ってました。

従って、パンチは24コマ毎、つまり1秒間隔に入っているので、いわゆる「♪=60」と云うテンポに成るのですが、そのテンポと中身の音楽のテンポは違っている事の方が多いので、スタジオの指揮者は結構大変だった様です。

最近は映画のダビングも、スタジオでフィルムを映写する事はなくなって、ビデオを使う様に成ってしまいました。ビデオの方が、作曲家なんかが自宅に持ち帰って作業するのに、台本を見ながら作曲するよりは格段と便利なんでしょうね。映像を観ながらだと、時間合わせも作曲の段階で完璧に出来ますし。

フィルムが掛けられるスタジオもほとんど無くなってしまいましたので、「パンチ」や「デルマ」なんて言葉も死語に成ってしまった様な感が有って、時代の流れを感じる今日この頃であります。

 

 

 

 

分業

 

現在のクラシック音楽の世界における作曲家と演奏家、そして指揮者との関係は、それぞれが独立した分野に成っていますが、昔はこの三者の間にあまりはっきりした境界は無かった様です。合奏の場合の作曲・演奏・指揮がはっきりと分かれたのは、やはり古典派(ハイドンやモーツァルトの時代)以降なのでしょうね。いや、指揮に関してはもう少し後かもしれませんが。

バロック時代(バッハやヘンデルの時代)以前の音楽では、作曲家が演奏家を兼ねている事が多かったと云うか、演奏家の中で才能の有る人が作曲をしていたと云う感じでしょうか。また演奏家も、ハーモニーなど、ある程度の作曲の知識が無いと出来ないと云うところもあった様です。

と云うのも、当時の楽譜は音楽の骨格の部分だけが書いてあって、その肉付けは演奏家に任されていたのです。つまり、古典派から現代の楽譜の様に、演奏家がその通りに演奏すれば良い様に細部まで書かれてるという事は少なかったのです。その傾向は、ゆっくりの楽章の方が顕著だった様ですね。ですから、演奏家が楽譜の通りに弾いたのでは全くサマに成らなかったり、極めてつまらない音楽にしか成らなかったのです。

曲の中に繰り返しが有ったり、同じ曲を何度もやった時には、「前と同じ様に弾いたのではいけない」と云う風に考えられていた様です。最初に弾いた時とは如何に違う様に弾くか、どんな装飾を加えるか、と云うのが大きなポイントだったのです。今のポップスの感覚に似てますよね。演奏家は、ある程度までは作曲家でもある必要があったのです。

 

通奏低音(バッソ・コンティヌオ)

バロック時代の楽譜でもう一つ特筆すべきなのは、通奏低音、もしくは数字付き低音の存在です。通奏低音と云うのは、チェロやビオラ・ダ・ガンバ等の低音楽器と、チェンパロやオルガン等の鍵盤楽器、もしくはハープ等のコード楽器との組み合わせで演奏されました。鍵盤楽器のみの場合も有ったのですが、チェンバロの場合は音が弱く、あまり持続しないので、ほとんどの場合は低音楽器と組み合わせられていた様です。

鍵盤楽器の左手と低音楽器はほとんど完全なユニゾンなのですが、鍵盤楽器の右手の部分は、その上に乗っかるべき和音の度数を数字で書いてあるだけで、他には何も書いて有りませんでした。今風に云えば、ベースラインにコードネームが書いてあると云う感じでしょうか。我々が見ると慣れないうちはちょっと分かり難いのですが、当時の鍵盤楽器の奏者はそれを見ながら即興で右手のパートを演奏していたらしいです。

つまり、当時の鍵盤楽器の奏者は、かなり作曲やハーモニーの知識があって、尚且つ、即興演奏の技術を身に付けていないと務まらなかった、と云う事になります。鍵盤楽器以外の奏者も、即興的な演奏をする為には、やはり作曲やハーモニーが必要でした。即興演奏とは作曲と演奏の同時進行ですから、そう云う意味でも、作曲と演奏はまだ分離していなかったのです。

どうして「通奏低音」と云われるのか?と云う疑問は当然あると思います。当時の合奏や器楽、また声楽の伴奏には、ほとんどこの通奏低音が入っていたのですが、このパートは、最初から最後までほとんど休む事なく弾いている事が多かった為に「Basso Continuo」、つまり「通奏低音」と呼ばれていたのです。ポップス系の音楽で良く使うメロディーラインとコードネームが書いてある譜面に似ているのですが、通奏低音の場合はほとんどが「伴奏」のパートだったと云うところが、大きな違いと云えるでしょうか。

例えば、「リコーダーと通奏低音のためのソナタ」と云う曲の楽譜を例に挙げるとすると、上の段がソロのパートで、下の段は数字が振られた低音のパートと云う様に、二段しか無いのです。これをほとんどの場合は、リコーダーとチェンパロとビオラ・ダ・ガンバと云う風に、3人で演奏されたのです。低音楽器の奏者は下段の楽譜をそのまま弾き、鍵盤楽器の奏者は左手はその低音とユニゾンで、右手のパートはその数字に則って即興で演奏しました。場合によっては、ガンバなどの低音楽器が省略される事もあったかも知れないですが、それはまた、それなりに楽しめるのです。或いは、低音楽器はファゴットでも良かったし、鍵盤楽器はギターやハープで代用する事も不可能ではなかったので、その場にある適当な楽器で楽しめたと云う訳ですね。

 

本来は上段と下段の、2段だけしかない楽譜でした。
真ん中の段は、下段にある数字を後に誰かが音の一例として楽譜に表したものです。

 

いま出版されている楽譜の多くは、誰かが右手の部分を書き加えたものです。昔は、音楽学校などの和声学の実習に、数字付き低音の実現をやらせてましたが、今でもやってるのでしょうか。

ベートーベンやブラームスなどの古典派やロマン派の音楽に成るにつれて、音楽のスタイルがより固定された形に成り、作曲と演奏が完全に分業になってしまったために、演奏家はひたすら譜面を正確にと云う事に成ってしまったのだと思います。

ただ、どんなに譜面通り正確に弾くといっても、その正確さにも様々な個人差が有る訳ですから、決して演奏家が機械の様に成ってしまうと云う事では有りません。「アレグロ」と譜面に書いてあっても、そのアレグロにはかなり広い幅が有りますし、例えメトロノームの指定が有っても、あくまでもそれは大まかな指定ですから、やはり演奏家によって幅が出てきます。リタルランドやフェルマータに成ると更に幅が広がりますね。強弱でも同じ事だと思われます。でも、バロックの時代の様な即興性や遊びの要素は、無くなってしまいました。

 

指揮者の登場

その分業に加えて、それまで無かった指揮者の登場が大きいでしょうね。指揮者が登場する以前は、コンサートマスターが要所々々で合図をすると云う事でやっていた様です。段々オケの人数も増えて、音楽のスタイルも変わって、テンポも微妙に変化する様に成ってくると、どうしても専門の指揮者が必要に成ってきた様です。100人近いオーケストラが指揮者なしで演奏するのは、ほとんど不可能ですからね(出来なくはない)。
 
もちろん例外は有りますが、こうして現在のいわゆる「クラシック音楽」の世界では、作曲・指揮・演奏は、完全な分業となっています。

 

 

 

山田耕筰とオペラ「黒船」

 

昭和35年くらいでしょうか。毎年大阪のフェスティバルホールで、国内外のと云うより、主に外国の第一線の演奏家を招いて、「大阪国際フェスティバル」という催しが行われてました。その一環としてだったと思うのですが、山田耕筰さんの「黒船」と云うオペラをやった事が有りました。

オペラ自体も珍しいのですが、特筆すべきは「作曲家ご自身の棒で上演する」と云う事でした。山田耕筰さんは、かなり晩年のころだったかと思います。その時既には半身不随の状態で、アシスタントの若い指揮者が付いてました。私にとっても、当時既に学校の音楽室の額縁か、教科書の中でしかお目に掛かれない方でしたから、直々の指揮で演奏できると云うのは感激モノでした。棒の方は、そのようなご容体だったので、頼りないところもありましたが、なんと云うか、風格みたいなものには圧倒されました。

山田耕筰さんの器楽作品はあまり知りませんが、おそらく後期ロマン派の流れを汲んだ、と云う感じだったのでしょうね。

そのオペラは、もうよく覚えていないのですが、どちらかと云えばプッチーニ風だったでしょうか。題材が題材なので、かなり日本調のメロディーが多かったと思います。

 

 

 

Home  Guestbook  Mail  Web Clap  Back

 

 

 

 

inserted by FC2 system