譜面制作のお話

 

2011年5月7日から公開の映画「星を追う子ども」の録音レポの中で「譜面制作」のお話が出てきましたよね。その作業について、実際にこの映画の音楽の楽譜を制作された作曲家の関 美奈子さん(以下ミナさんと書きます)がたくさんの画像を使って詳しく説明してくださいました。

私のようなただの一般人からすると初めて耳にするような機材の名前や音楽用語、それに独特の言い回し方などがあって少し難しく感じる部分もあるかもしれませんが、それでもとても面白い内容となっています。ぜひ読んで、劇伴作曲家さんのお仕事の一部に触れてみてください。また、このページの最後にはミナさんのプロフィールと簡単な用語解説も書かせていただきましたので、そちらも合わせてご覧くださいねo(^-^)o

 

 

譜面制作について


「譜面制作」...と、私は勝手に呼んでいますが、一口に「譜面制作」と言っても、演奏された音源を聞いて音符にする(いわゆる耳コピー)「採譜」や「譜起こし」であったり、作編曲家による手書きの譜面を演奏者にみやすいようにきれいに清書をする「浄書」や「写譜」であったり、様々なパターンがあります。

今回、関らせていただいたこの「譜面制作」という工程が一般的にはどのような名称で呼ばれているのか実は知りません。そして、この「譜面制作」は作編曲家自身が作業してしまうことが多く、それぞれ独自の制作方法があるのではと思います。私も、他の方々がどうやって制作しているのかとても興味があります。

 

私がコンピューターでMIDIの打ち込みを始めた1990年代初期の頃は譜面制作用ソフトも充実していなかったので、手書きの譜面があればそれをそのまま使い、その楽曲のだいたいの雰囲気や、あくまで構成音の確認のためにシンセサイザーで打ち込んだ仮音源を用意する・・・くらいの感じでした(§1)。機材や技術の向上につれ、(生楽器をシミュレートするという意味での)オーケストラ楽器編成による楽曲の打ち込みが当たり前になり、ものによってはそのまま使ったり、その打ち込み音源に録音したものをかぶせたりする、という選択肢も増え、ただ雰囲気や構成音の確認のための試聴用にとどまらない完成度の高い打ち込み音源を求められるようになりました(§2)。

 

おおまかにいうと以前は、

(§1)
@手書きで譜面を作成
A必要があれば、あくまで構成音や雰囲気確認用の仮音源を作り提出
B修正があれば譜面を手で書き直しスコア、パート譜を作成する
C録音(レコーディング)
D完成

だったものが、


(§2)
@打ち込みで生楽器のシミュレートも込みでほぼ完成の状態まで仕上げて提出
A修正があれば修正をし再び音源提出
B打ち込みのままで問題のないものはそのまま使い、生楽器で録音する必要のあるものは奏者用のスコア、パート譜を作成する
C録音(レコーディング)
D完成
という、先に音源ありきの少し順序が逆の流れに変わってきた・・・という感じでしょうか。

 


今回レポートしますのは、この§2のBの段階、「生楽器で録音する必要のあるものは奏者用のスコア、パート譜を作成する」での「スコア譜制作」についてです。

 

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まず、作曲家の方に用意していただくのは二つ。

・楽曲のSMF(StandardMidiFile)形式の「MIDIデータ」

・楽曲の「音源データ」 (マルチという各トラックごとバラバラの音源で下さる方、2mixという全てのトラックを合わせた状態で下さる方といらっしゃいます。この辺りは締切りまでの時間の兼ね合いで。今回は、弦、木管、金管、ピアノ等の各セクションでのマルチでいただきました)

 

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上記の2つのデータは次のように使用します。 (いわゆる打ち込みと言われている作業にはシーケンサーソフトというものが必要なのですが、私はProToolsというソフトを使っています。ですので、今回はそのProTools上での作業ということでご紹介させていただきます。)


・「MIDIデータ」
MIDIデータは、譜面制作ソフトに読み込み譜面化のベースにします。MIDIデータはSMF(StandardMidiFile)という統一された規格があるので、その形式であればどのシーケンサーで作られたものでもおおよそ読み込むことができます。
おおよそ、と書いたのは、それぞれのソフトによっては互換の相性もあり、私が遭遇した例ですと、DigitalPerformer7以降で作ったSMF形式のMIDIデータはProToolsで読むと、音データは問題なく再現できるのですが、トラック名が書き込まれる箇所が違う場所だったりと微妙なところで互換が取れなかったことがありました。
そういう場合は、相性のいいLogicというソフトに読み込ませてから再度SMF形式のMIDIデータをはきだして再度読み込ませる、という処理をしました。
当たり前ですが完全に互換がとれるのはProTools同士なので、ProToolsのセッションデータで丸々いただけるのが一番確実です。

・「音源データ」
いただいたMIDIデータには強弱や表情記号、アーティキュレーションは、普通の楽譜のようにわかりやすい記号としては記載されておりませんので、音源データから演奏表現を聞き取り、おおよその表情付けの記号を譜面制作ソフトに書き込んでいきます。

この作業は(時間の都合上、きっちり打ち合わせて作り込むことが難しいので) ほぼおまかせになっているので、慎重な作業になります。
音を間違える等ももちろんなのですが、ちょっとしたことで録音の場の勢いを壊してしまう原因を作ってしまうのは作品のクオリティにも影響しますので、常にわかりやすく見やすくを心がけています。
・・・・と言いましても、いろいろと事情があって録音前までカツカツになることもしばしば・・・・。
今回は細部まで見渡せる時間をいただけたことに感謝しております。

 

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それでは、私の制作環境でのMIDIデータを読み込んだ段階から簡単にご説明します。

今回はわかりやすいようにピアノ用譜面をつかいますが、ただ読み込んだだけですと右手や左手の整理もされておらず、音符も生演奏をそのまま反映した長さになっており休符も無駄に入っていて市販でみかけるような譜面とはほど遠い感じです。

 

 

では、こうならないために打ち込む段階から後々譜面制作の時に整理しやすいように、テンポ通りに長さもかっちり入力すればいいのではないか、ということもあるかもしれませんが、このMIDIデータはいかに生楽器、生演奏の質感に近くするために表情や奏法をもりこんでいるのであって、譜面作成のしやすさのためのものではありません。
この段階でそれらを両立できるような機能のついたソフトなどがあれば良いのですが現状無いので、ここからいろいろと手を入れて行く事になります。

生演奏のようなリアルな質感を持った音源作成、と、譜面作成、を両立する無駄のない効率の良いデータ作り工程は、おそらく皆さんも苦心されているのでは無いかと思います。

この状態で、トラック毎の楽器の適正な音部記号を指定したり、調号を確認したり等、譜面作成ソフトに読み込んでから無駄な作業が発生しないように微調整します。

 

譜面作成ソフトに読み込みます。
読み込んで最初にやることは、このままだとテンポやリハーサル記号などが反映されてないので全て写します。
(図は既に写し終わったあとのものです)

 

 

のちのち録音する、ということからもテンポ、小節、マーカー(リハーサル記号や細かい指示などが書き込んであります)を、録音時のベースになるデータと、これから作成する譜面と同一にしておかなくてはなりません。
これらを同一にしておかないと、レコーディングエンジニアの方々と指揮者、演奏者の方々に指示を出すときに統一がとれず録音現場で混乱します。

こうして、外側の枠を固めた後、音符や強弱、アーティキュレーション等の調整作業に入ります。

私の場合は、まずここで一度音源を聞きます。

音源を聞きながら、おおまかな部分部分のその強弱や特徴的なことを書き込んでいきます。
音源を聞くと譜面に書かれている音が実際にどのような表現や強弱の音になるかわかるので、わかりやすい箇所の処理から始めます。

今回の譜面ですと、2小節目、4~7小節目の16分音符と16分休符の見づらいセットは、8分音符にスタッカートをつけたものだ、ということが音源からわかったので、その処理をします。

私はSibelius(シベリウス)という譜面制作ソフトを使用しているのですが、該当音符をクリックで選択すれば一括で処理できるので、このような感じで、全てを八分音符に、全てにスタッカートをつけます。

 


(画像クリックすると別窓で大きな画像が見られます)

 

 

そして、譜面のDの部分。これは、音源を聞くとポロロ~ンという和音をばらす形のアルペジオになっているので、こちらも一括で適正な長さの音符に処理します。

 

 

譜面制作をある程度こなしていくと、たぶんこの見た目はこういう奏法だろうな、というパターンが見えてきます。
今回の映画「星を追う子ども」では、音源を拝聴したところ、ピアノの和音をばらす形のアルペジオが多かったので、おそらくその奏法だろうという特徴的な表記(左上図)の場所は、先に処理をしました。

 

今回のサンプルにはありませんが、手弾きで弾いたトリルも、だいたい特徴的な表記で見分けることができるので、音源を確認後、該当箇所は処理してしまいます。

 

音符が読みやすく整理された記譜になったところで、強弱記号や表情記号、アーティキュレーションを詰めていきます。
このあたりの順番は特にこれをやってから、という決めごとは無く、思いついたところからどんどん書き込んでいく感じです。おおよそ詰めたあたりで全体の流れをみて強弱記号や表情記号、アーティキュレーションが矛盾しているようなところがあれば、前に書き入れたものを修正したりして微調整していきます。

部分部分を調整し、最後に全体の流れを見る、という点では少しパズルを完成させていくことに似ているかもしれません。

 

このような感じになります。

 


最後に、譜面作成ソフト上でも作成した譜面を音で聞くことができるので、頭から走らせて音を聞いて間違っている箇所が無いかを確認します。
基本的にいただいたものを読み込んだだけのものをベースにしているので、元々の音源と同じ音で再現されているわけですが、編集の際にうっかりいじって気がついてないまま、ということも多くあるので慎重に音のチェックをして完成となります。

また今回のサンプルはピアノ用譜面を使いましたが、オーケストラ編成で使用される楽器の中には移調楽器や運指の関係などで実音表記ではない楽器が多くあります。
実音のままの譜面だと運指がまぎらわしかったり上線や下線が多くなり見づらくなることもあるので、移調譜に直します。シベリウスの場合は楽器トラックのセットが作れるので該当するセットを作り、実音で作ったものをそちらにコピー&ペーストすると移調譜を伴った譜面ができます。再生の際は実音が発音されるようになっています。


(画像クリックすると別窓で大きな画像が見られます)

 

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譜面ができたところで作曲家さんにご確認をお願いし、意図と違う箇所があれば修正をいれてすり合わせていきます。

この叩き台となる譜面ができるまでは、最初に楽曲を構成する楽器の編成や特に気にするべき注意事項を確認する以外は打ち合わせをしないので(箇所ごとに細かいやりとりをする時間が取れない場合が多いです)、音源でおおよその雰囲気は把握しているものの、初めてできあがった譜面を送るときはやはり緊張します。
私としても、おそらくこういうお考えの元だろうな、との判断でいろいろ記入しているので、大筋から外れるような修正が無いと安心します。

 

作編曲家によって、いろいろな譜面スタイルがあるので(小節番号の有無な どレイアウト等)、その方が慣れ親しんでいるスタイルでの譜面作成を、また、指揮者、演奏者の方にわかりやすく伝わりやすい強弱記号、表情記号、アーティキュレーションの記入を心がけています。
これらのアーティキュレーションは書き込みすぎても逆に表現を制限してしまうところがあるので必要最小限で、後は実際の現場での調整という、良き落としどころを模索しています。

 

譜面作成に携わることは、他の作編曲家の方とできるだけ考え方をシンクロさせ、ありがたくも貴重な譜面を解析させていただく機会でもあるので毎回本当に勉強させていただいております。

 

映画「星を追う子ども」の録音レポを開く


 

関 美奈子さん

東京芸術大学音楽学部作曲科卒業、同大学大学院修士課程を修了されたのちは、ゲームやドラマCD、映像作品などの音楽制作に携わられています。

そして2001年からはサウンドデザイナー関 正道さんと音楽音響制作ユニット「DIGITAL SONIC DESIGN」を結成され、主に作・編曲を担当されてます。

近年の作品としては、ユニクロ心斎橋店オープニングセレモニー用音源制作(作編曲)、PlayStation3 Xbox360用ゲームソフト「CLASH OF THE TITANS : タイタンの戦い」(作編曲)、ポケモンバトリオ第1弾〜第4弾(作編曲)、「Smiley Glory(歌:藤田 咲さん)」(作編曲)などがあります。また、以前ブログのこちらでご紹介させていただいた「ダライアスバースト リミックス ワンダーワールド」にも、Disc1に「心」という曲のアレンジャーさんとして参加されてるんですよ。

DIGITAL SONIC DESIGN」さんのHPでは制作作品が試聴できるようになってますので、ぜひお聴きください♪

それから、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社さんのインタビュー(こちら)では関 正道さんとともに「シネマティック音源」について、使用してみての感想やユーザーさんへのアドバイスなどを語ってらっしゃいます。こちらも合わせて読んでみてくださいね(^.^)b

 

 

ミナさんのレポート内に出てきた専門用語について、ミナさんやそのほかの作曲家さんから教えていただいた情報をもとに私なりの解釈を書いてみました。大雑把すぎる説明でお恥ずかしい限りですが、少しでもお役に立てれば幸いです。で、これ以上のことは、ご自身で検索などしてご確認くださいね(^^ゞ

 

アーティキュレーション

レガートやスタッカートなど、音楽の表情を表す言葉のことです。

 

リハーサル記号

このレポの上から2つ目の画像にある「A」とか「B」とか書かれてるもので、曲の場所を指定するために付けられる記号のことです。一般的には「練習番号」という言い方が馴染みがありますよね。でも、ソフトによっては「リハーサル記号」とか「リハーサルマーク」って書いてたりするようで、ミナさんもそれに倣って「リハーサル記号」と書いてくれてたようです。

 

マーカー

その名の通り「印」で、大体シーケンサー上には小節の数字がずらっと並んでるんだそうですが、そこに印として短いテキストなんかを貼れるんだそうです。ミナさんもレポ内で書いてくれてますが、リハーサル記号もマーカーの1つですね。

 

シーケンサー

もともとは音の高さや長さといった音符の情報を数値化してデータとして記録しておくような機械…という解釈でいいでしょうか。昔ポケベルがあったころに平仮名を「83(ゆ)」とか「72(み)」なんて感じで数字で打ち込んでたと思いますが、そんな感じだと思います。パソコンのテンキーみたいなのを使って数字を打っていくので、まさに「打ち込み」ですね。その機械の中でも有名なものとして、こちらのようなものがあります。リンク先の写真にある小さな液晶画面の中に、ちまちまと数字を打ち込んでたそうですよ。でも、この当時はこれだけでは音が出なくて、この機械を外部の別の機械につないで音を鳴らして打ち込みの具合を確認していたそうです。

のちにMac用のシーケンサーソフトというものが出てきて、パソコンの画面の中で作業ができるようになりました。でも、このソフトが出た当時もまだそのMacだけでは音が出なくて、Macとシンセサイザーをつないで音を鳴らしていたそうです。そして現在は、そのソフト(このレポ内でミナさんはProToolsというソフトを使ってると書かれてありますね)とMacが1台あればほとんどの音楽が作れて、楽譜の処理なども簡単にできちゃうんだそうです。で、機械のころのシーケンサーとは入力方法は変わったようですが、やっぱりパソコンで音楽を鳴らすためには音の情報を数値化する必要があるんだそうです。

 

MIDI

「Musical Instrument Digital Interface」の略で、 シンセサイザーなどの電子機器同士を接続するための規格なんだそうです…と聞いても「…は?」ですが、つまりシーケンサーのところで書いたように数値化された音楽データをどんなパソコンやソフトやその他の機器で鳴らしてもほぼ同じように聴こえるためには、ある一定のルールが必要なんだそうです。その「何の音をどれくらいの長さで鳴らすか」みたいな一定のルールがMIDIなんですって。

余談ですが、MIDIはそれ自身が音を鳴らす機能を持っているわけではなく、Quick Time Playerなどのプレイヤーに内蔵されている音源を使ってMIDIデータを再生してるので、同じデータでもプレイヤーによって音色が少し変わったりするそうです。でも、音色ナンバーというのは共通規格になってるらしいので、ホルンのつもりで打ち込んだデータがトランペットに聴こえる…なんてことはないそうです。

ちなみに、こうやって放り込まれた先々のプレイヤーの音を使って音楽を鳴らすので(データを再生してるので)、MIDIデータのファイルサイズとしてはとても小さいものなんだそうです。それこそ、先ほど書いた「何の音をどれくらいの長さで鳴らすか」という簡単なテキストのようなものを送ってるだけなので、ファイルのやりとりをするにはとても便利なんだそうですよ。で、このときに複数のチャンネル(メロディって考えた方が分かりやすいかな?)を送って、それぞれに違う音色を設定して再生すれば、オケみたいな音楽になったりもするんだそうです。

身近なところで例を挙げると、携帯の着メロやカラオケがMIDIだそうです。同じメロディをDLしてるのに機種によって音色が違って聴こえたり、歌い手の声域によって自由にキーが変えられますよね。これが「プレイヤーに内蔵されている音源を使う」ってことなんだそうです。ちなみに、着うたをどんな機種で再生しても聴こえ方が変わらないのは、着うたが「mp3」でできてるからなんだそうです。

 

 

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