松田真人さんが語る松尾早人さんの楽譜について
2011年4月からオンエアされる「神のみぞ知るセカイ」の2期の録音レポの中で「松尾さんの楽譜は難しい」というお話がありましたね。 で、松尾さんの音楽には変拍子や不協和音が多いというのは私も知ってるんで、漠然と「ああ、きっと難しいんだろうなあ」くらいは感じるんですが、思い切って松田さんに「具体的に、どういうところを難しいと感じるのですか?」とお聞きしてみました。同時に「松尾さんの音楽の中で、こういう書き方は面白いなあと思うところはありますか?」ということも…。 専門用語がたくさん並んでますが、とても分かりやすく書いてくださってますので、ぜひ読んでみてくださいね(^.^)b
まず「松尾さんの今回の音楽のどういうところを難しいと感じたか」ですが、今回だけではなく、松尾さんの書きのお仕事でこれまでにも感じた事ですが、一言で言うと「情報量が多い」と言う事ではないかと思いま す。この「情報量が多い」と言う事は、ピアノの譜面の場合だと、まず五線紙にお玉杓子が色々と書かれていて、これから弾くべき音が細かく指定されていますよね。それはある時には、旋律であったり、和声であったり、リズムであったり、拍子であったり、調性で あったりと、色々な要素がそこに加わって来る訳 ですが、松尾さんがイメージをされたその音楽的な音世界を演奏者に細かく伝わるように、色々な事を通して指示をして(譜面に記して)下さる訳なんです。 やはりお仕事である以上、色々な制約もあるかとは思いますが、僕は松尾さんの書きに、音楽的に純粋なものを感じてしまいます。ですから僕の「日記」で も「まるでクラシックの曲を弾いているような気持ちになってしまいます。」と書いてしまう訳なんですね。逆にそうでないとするならば、松尾さんの書きに関して、そして譜面に関しては、松尾さん自身で、かなり詳細な部分にまでしっかりとイメージが見えていて、それを念入りにそして克明に譜面に書き込んで下さっていると言う事になるでしょうか。つまりこれが最初に説明をさせて頂いた「情報量が多い」と言う事に繋がって来ると思うのです。
…いかがでしたか?
続いては、今回の録音で松田さんが弾かれた11曲のうち5曲について、1曲ずつとても詳しいコメントをいただきました。ただ、残念ながらここに松尾さんのオリジナル楽譜を載せることはできないので、想像しにくい部分もあるかと思います。でも、実際にオンエアで聴いたり、いつか発売されるであろう2期のサントラで聴いたときには「ああ、ここのことか!」と思うことがいっぱいだと思いますので、ぜひ読んでみてください。そして、どうかオンエアで流れるよう、サントラに収録されるよう祈っててくださいね。 私もオンエアで確認できたら「○話の○○のシーンで流れた曲」という風に追記していきたいと思いますし、やっぱりできれば松尾さんの音楽を目でも感じてほしいなあって思いもあるんで、オンエアとかで流れたら誰か耳のいい人に耳コピしてもらって、その画像を載せていきたいと思いますo(^-^)o
★ピアノ曲 その1(第8話のBパート、おかあさんがバイクで出て行ったあとに流れた弦と一緒の曲) テンポが4分音符120の割とキビキビとしたテンポ(曲の出だしの感じからして、そう感じました)で始まるこの曲は、最初から所謂歌の伴奏音楽とは異なる劇伴らしい雰囲気、そして松尾早人さんの書きは、一音一音の詳細な部分にまでそれが及んでいるので、僕はまるでクラシック音楽の譜読みをしながらピアノを弾いているような気分になります。
リハーサルマークBの4小節間は、譜読みの瞬間、両手をどのように使って弾こうか等と考えましたし、リハーサルマークCの5小節目の1、2拍目のフレーズは、10度の音程を即座に弾くには手の小さい僕にとって、右手の親指を使ってEの音を弾く事を念頭に入れなければスムーズに対応出来ないので(左手だけを使ってアルペジオで弾くやり方もありますが、僕は右手の親指を使ってアルペジオではなく同時に弾くやり方を選択しました)、そのような判断をしながら弾く事を考えると、幾分初見が難しくなって来る訳です。 そしてリハーサルマークDの2小節前の1、2拍目の和声は、面白いなあと感じました。松尾さんが書かれたこの部分に付いて、僕が敢えてコードネームを割り出してみると、1拍目はCm/Fで2拍目はD/Eと考える事が出来ますが、もしかしたら、1拍目はF7(9)の3度オミット(省略)、そして2拍目はそれの半音下のE7(9)の3度オミット(省略)なのかな、等と考える事も出来るからです。 とは言え勿論この部分は、1小節前からの響き/和声の繋がりを考えると、松尾さんが書かれたこれが最上のものであるに違いありません。それからリハーサルマークDの5小節目、そして7小節目のパッセージは、やはり一瞬、両手をどのよう使って弾こうか、等と考えました。視覚的にもまるでフランス近代音楽のようにも感じました。
★ピアノ曲 その2(第8話のBパート、「15時31分に戻せ」のセリフのあとに流れた曲) その1と同様にこの曲も、1小節目からそれぞれの音符にテヌートやスタッカートのアーティキュレーションが記されていて、4小節目の2拍目から8分音符で降りて来るフレーズは、1拍半づつ右手と左手を上手く使って、なおかつサスティーンペダルを使って弾く事でスムーズに弾く事が出来ました。リハーサルマークCの4小節目の6度ハモの8分音符の右手のフレーズは、当初ちょっと手こずりました。この部分は、音階的にはGメジャーのスケール(Fにシャープが付くだけのスケール)ですが、録音の現場では、そこまで頭が働いていなかったと思われます。
リハーサルマークDの1小節前のフレーズも、若干変則的な3拍フレーズで、やはり現場ではちょっと手こずりました。
リハーサルマークEの3小節間は、右手で4分音符のシンプルなストロークを弾きながら、左手で少しずつ上昇をして行くようなフレーズを奏でる事で、弾いていて僕も特に気持ちが良かった部分でもあります!
同様に、リハーサルマークGの4小節前と3小節前では、左手で和声を奏でる中で、今度は右手に少しずつ上昇をして行くようなフレーズが現れて、やはり弾いていて胸がキュンとなったのを心地良く憶えています。
★ピアノ曲 その3 この曲で一番印象に残っている部分は、リハーサルマークBの7、8小節目の4度堆積和音でしょうか。その部分まで初見で弾いて来た流れが、この4度重ねのところで見事に弾けなくなってしまい(笑)、弾き直したところでもあります。この部分は、殆どの音符に臨時記号でシャープやナチュラル等の変化記号が記されていて、一瞬頭の中がパニックになってしまいました。 それからリハーサルマークDの4、3小節前は、それまでの音楽的な流れに比べると、大きな波のように寄せては返すような旋律と和声進行で、やはり印象に残った部分でもあります。
|
★ピアノ曲 その4(第5話のBパート、ちひろが教室の席についたあたりのシーンから流れてた曲) この曲では、リハーサルマークAの5、6小節目の、これはジャズの世界では「シアリング奏法」等と言ったりしますが、メロディー部分を更にオクターブ下で重ねて弾きながら、同時に和音も一緒に弾くやり方で、メロディーをより際立たせるには、より大きな効果を持つ奏法(書き方)でもあります。
それからリハーサルマークBの4、5小節目は、それまで4分の4拍子でメロディーが流れて来たところに、突然3拍子を感じさせるフレーズが2つ入って来る事で、新鮮な雰囲気を感じます。
そしてリハーサルマークCの1小節目と3小節目は、4分の4拍子で印象的なメロティーが現れるのに、4小節目のF♯mメジャー7の和音を展開しながら、再度その印象的なメロディーが再現される時(リハーサルマークCの5、6小節目)には、拍子が8分の7拍子になっているところも面白く感じました。 録音の現場で僕がそれに気が付かずに、再現部も4分の4拍子で弾いてしまい「松田さん、そこは8分の7拍子なんです」と松尾さんに指摘をされたところでもあります。そしてこの曲の一番最後の小節で、右手で和音を弾いて左手でトリルを弾くと言う、これも面白く感じました。
|
★ピアノ曲 その5(第9話のAパート、長瀬純が教室で桂馬に声をかけるシーンで流れた曲) この曲では、リハーサルマークAの6小節目の1、2拍の和声が、僕は特に印象に残っています。 松尾さんが記して下さったコードネームを元に、1、2拍がE♭M7で、3、4拍がD7、そして次の小節の1、2拍がGm7、そして3、4拍がEm7(♭5)と考えると、E♭M7の和声を、第一転回形で一番低い音をGにして、次のD7も前のその流れで一番低い音をF♯の第一転回形にしている訳ですが、僕は、最初のE♭M7の和声のこの音の積み重ねがとても好きなんですね。普通に基本形で弾くよりも、この時の登場人物のうつろいやすく揺れ動いている心情が、とてもよく表現されているように感じました。 そしてその結果、左手の一番低い音(ベースライン)が、G→F♯→F→Eと、それぞれ2分音符で半音進行になっているのも、繊細な雰囲気が出ていて素敵だと思いました。そしてこの曲の最後の方で、2回に渡って奏でられるFm6の憂いのある和声も、実に効果的に感じました。
|
…いかがでしたか? ところで、今回も松田さんはとても優しく、そして易しい書き方をしてくださったんで全体的には読みやすい文章だったと思うんですが、少しだけ…たとえば「4度堆積和声」とか「オミット」とかいう聞き慣れない言葉が出てきてますよね。これ、皆さんはどういう意味か分かったでしょうか? 私は初めて聞いた言葉でしたし、だからもちろん意味も分からなかったので松田さんに教わりつつ、さらに松尾さんにも補足説明をしていただきましたので、合わせて↓のQ&Aをご覧くださいね♪ |
音と音の間隔が3度とか4度って? |
ド レ ミ ファ ソ ラ シ ドと音がありますね。これを1 2 3 4 5 6 7 8と順番に数えます。つまりドとミは3度、ドとシは7度という事になりますね。臨時記号というか#や♭は関係ないので、ドとソも、ド#とソも全部5度になります。(ドとソは完全5度・ド#とソは減5度) |
では3度堆積和音とか4度堆積和音って? |
「3度堆積」「4度堆積」の「3度」や「4度」と言うのは上下の音と音の間隔のことで、「堆積和音」は下の音から上に向かって3度ずつ、または4度ずつ音を積み重ねていくことを言います。図で表すと以下のようになります。 |
3度和声の流れの中で4度和声を使うときに何か気をつけてることは? |
上で書いたそれぞれの音程の中に長短や完全や増減という細かい項目がありますが、4度はドとファやレとソのように、間に半音が1つだけあるものを「完全4度」と言います。それより1つ増えると増、減ると減です。なので、ドとファ#だと「増4度」と言います。 そして曲中で4度和声を使うときは、奏者が4度和声だと分かるように必ず「完全4度」になるように書いています。 |
シアリング奏法って? |
松田さんのコメントに「メロディー部分を更にオクターブ下で重ねて弾きながら、同時に和音も一緒に弾くやり方」とありますが、もう少し詳しく言うと「メロディをオクターブ関係に配置し、その間を構成和音で埋めながらメロディを弾く奏法。3和音ではなく6thや9thなどのテンションコードで埋めるのが一般的」という感じでしょうか。 具体的には以下のようなものです。これは「チューリップ」のメロディーをシアリング奏法で表現してみました。 |
オミットって? |
オミットというのは除外するという意味で、要は弾かない事です。松田さんが書かれてる「F7(9)の3度オミット」とはF9が下からファ・ラ・ド・ミ♭・ソですが、そのうちラの音を弾かないでベース音のファと上の3つド・ミ♭・ソをCmと捉えて弾くという事ですね。 |
何で弾かないの? |
理由としては、テンションが高くなってくると構成音が多くなってくるので、全部弾くと濁る場合もあるんです。そういう時は少し音を整理して濁る原因の音を省略するのが普通なんです。 でもコードネームだけだとどれを省略していいか奏者は一瞬では判断できないので、「この音は抜いてね」という事で「オミットE」とか「no 3」とか書くんです。 |