松田真人さんが語る松尾早人さんの楽譜について その2

 

前にアップした「神のみぞ知るセカイ」の2期の録音レポから派生してピアノの松田真人さんに松尾さんの音楽について色々と語っていただきましたが、もう読んでくださってるでしょうか?→ CLICK HERE

で、 今回の3期(女神編)の録音レポの中でも素敵なピアノ曲があったと聞いたので、さっそく松田さんに松尾さんの曲について、そして今回の録音で演奏された曲について伺ってみました。オンエアで聴こえてくる部分だけでは分かりにくいところもあるかと思いますが、それはいずれ発売されるであろうサントラを買って聴いていただくことでクリアになると思います。音楽評論家さんや劇伴マニアの方のお話も深くて面白いものがたくさんありますが、ぜひ作曲&演奏されたご本人さんたちの目線によるお話を読んでみてくださいo(*^^*)o

 

 

★ピアノ曲 その1(第2話のBパート、結が桂馬の前に現れるシーンで流れた曲)

メージャー7th、E♭メージャー7th、Fメージャー7th、そしてA♭メージャー7thの、 飄々とした雰囲気が感じられる和声進行の導入部(リハーサルマークA)で始まるこの曲は、 一体どんなシーンで使われるのか、まず最初に譜読みをした際に、頭に思い浮かんだ事の一つでした。

 

そしてリハーサルマークBの1小節目の2拍目から、右手が長3度で半音進行で下がって来る辺りは、 この曲の全体のイメージを暗示しているかのように感じます。 更にこの部分では他に、2小節目の左手、4拍目の8分裏から半音進行で上向して行く、 16分音符の3連も、引き締まった感じを印象付けています。 僕はこの辺りを最初に弾いた際に、この曲の全体のイメージとして、 キビキビとした感じで演奏しようと思いました。

 

(ちなみに↑の部分のフルートパートは↓こちら)

 

リハーサルマークB&Cは、フルートそしてピアノに、 3連のフレーズが要所要所に見られますが、 リハーサルマークDに入ると、それまでとは違って、 所謂8分音符が基本の”ノリ”になるので、最初に弾いた際に、 (個人的にですが)ちょっとその”ノリ”の変化に戸惑いました。(笑)

(この部分は第3話のBパート、結と桂馬が漫才してるシーンで流れました)

 

そしてリハーサルマークEで、再び最初の飄々とした導入部が現れ、 次に、やはり最初のテーマが4小節間だけ現れると、 今度は、リハーサルマークFで、ここはこの曲の中では、 やはり弾いていて自分のイメージを刺激してくれるように感じた部分で、 好きな部分でもあるのですが、僕は、さしずめ大きなロボットが、 ”ノッシノッシ”と闊歩しているように感じながら、ピアノを弾きました。 実際は、勿論違うとは思いますがね。(笑)

そんなシーンが4小節間続いた後、松尾さんならではの、 フルートがメロディーを奏でる美しい情景が4小節間続いて、 今度は、先ほどのロボットが”ノッシノッシ”と闊歩するシーンが、 短3度上に転調をした形で登場。 最後は、風のように”フッ”と消えてしまうような感じで、この曲の幕は閉じてしまいます。

 

★ピアノ曲 その2(第6話のBパート、栞の中の女神が現れたシーンで流れた曲)

この曲のピアノは、リハーサルマークA、そしてリハーサルマークCと、 ポップスの世界で言う、所謂「分数コード」的な響きで全て占められていて、 例えば、リハーサルマークAの1小節目と2小節目は、G/Aが1拍、A/Bが3拍あり、 3小節目は、G/Aが1拍、A/Bが2拍、C/Dが1拍あり、 4小節目は、D/Eが1拍、E/F♯ある、と言った具合です。リハーサルマークCでは、それが少し形を変えて現れます。

 

浮遊感のあるこのリハーサルマークAに導かれるように、次のリハーサルマークBで今度は、 ストリングスセクションがそれまでのピアノの響きをそれぞれのパートに割り振って受け持ち、 ピアノがメロディを奏で始めます。これは、何やら呟いている感じでしょうか。 そしてそれに対してリハーサルマークCで、今度は、ストリングスセクションが呟き始めます。 この呟きは、ピアノにしてもストリングスセクションにしても、 まるで小さな妖精が飛び交っているような雰囲気にも思えます。

そしていよいよリハーサルマークD。 これまでの呟きが、次第に大きなうねりのようになって拡がって行くこの部分は、 それこそ感動的で興奮しますね。胸がワクワクドキドキして来る感じがして、 実際の録音の最中でも、それはもう気持ちが良かったですよ! まずピアノが、ロマンティックなピアノコンチェルト風なアルペジオと豊かな響きで ベーシックを支え、ストリングスセクションが、それまでの呟きとは違う、 それこそ「愛」の歌を歌い始める感じがします。

僕が言うのも何ですが、この部分のストリングスセクションの、 それぞれのパートは役割分担は、お見事と言う他ありません。 松尾さんの書きは、やはり精緻でとても美しいです!

 

そしていよいよこの曲の一番のクライマックスの登場です! 1stと2ndヴァイオリンの16分音符の6連の駆け上がりのフレーズを切っ掛けにして、 ピアノがやはりピアノコンチェルト風に、大上段に”えいっ!”と和音によるメロディを振り下ろします!

この部分での、松尾さんとのやり取りで特に印象に残っているのは、 「右手の(メロディにもなっている)8分音符の和音は、テンポに対してタイトな感じではなく、 少したっぷりと弾いて下さい」とのコミュニケーションがあった事です。 ここで松尾さんがイメージされていたニュアンスは、聴いて頂けると、きっとお分かり頂けると思います。

(↓は松田さんのコメントにある‘1stと2ndヴァイオリンが切っ掛けに…’の部分です)

 

それから、ピアノのメロディとの対比で奏でられるホルンとヴィオラのオブリガートも、 気分をより一層高めてくれます。 そしてこの部分(リハーサルマークE)は、かなり大きく盛り上がるので、 この後、少しその余韻を味わうかのような部分が2小節ほど続いて、 最後は、ピアノやストリングスセクションやグロッケンと共に、 フェイドアウトして行く感じで、終止を迎えます。

 

★ピアノ曲 その3(第1話のAパート、かのんが鏡の中のアポロと話すシーンで流れた曲)

この曲はリハーサルマークAから最初の数小節間に於いて、 通常のスケール(我々が普段耳にしているメジャー・スケール、つまり長音階、 専門用語ではアイオニアン・スケール(Ionian))ではなく、 B♭を基調としたリディアン・スケール (Lydian)を使っているようにも取れるので、 そこには、独特の雰囲気や響きが感じられます。

 

松尾さんが、これを意識したかどうか、それとも自然に出て来たのか、とても興味のあるところなんですが、 1小節目の1拍目の右手のメロディのEの音が、通常のメジャー・スケールのその音(第4音)よりも、 半音高い音を使っているのが特徴になります。 例えば、フランス近代音楽の巨匠、ドビュッシーは、 このように通常のスケール以外の色々なスケールを使って、 それまでとは違った世界や雰囲気を表現しました。 この独特の雰囲気が少し続いて、5小節目の2/4拍子辺りから、 通常のスケールに戻るような雰囲気を醸し出しながらも、 リハーサルマークBから再びリディアン・スケール (Lydian)を使ったピアノのメロディが現れます。

このリディアン・スケールとアイオニアン・スケールの交錯した感じと言うか、 曖昧模糊とした感じは、全体を通して現れていて、 リハーサルマークCでは、ピアノが最初に奏でていたメロディを、 今度はヴァイオリンが受け継ぎ、ピアノは伴奏に廻って、 より大きな世界を表現しています。

更にリハーサルマークDでは、ヴァイオリンがメロディを奏でているバックで、 ピアノが8分音符の和音の連打でそれを支えていますが、 やはりB♭を基調としたリディアン・スケール (Lydian)の 特徴音であるところのEの音を、和音の中に付加しています。 この曲の最後の部分の、終わりから1小節前でも、ヴァイオリンとピアノの双方が、 1拍目にそのEの音をメロディとしてではありますが、 響かせていて、僕はこの曲の独特の雰囲気を醸し出している大きな特徴の一つに、 このEの音をあげておきたいと思います。 勿論、音楽的な事が一番大切だと思いますので、さりげなくではありますが。(笑)

 

★ピアノ曲 その4(第6話のBパート、栞が徹夜して書き上げた小説を読むシーンで流れた曲)

まずこの曲は、ピアノを弾いていて、全体的に端正な感じがしました。 栞「私について」とあるので、その方のキャラクターと関連があるのでしょうか? ピアノによる導入部とも言えるリハーサルマークAの後、リハーサルマークBから、 ヴァイオリンが奏でるメロディーが出て来ますが、最初の1拍目に8分音符が二つあり、 2拍目に付点2分音符がある、これがこのテーマの特徴的、そして基本的な音型になり、 時に少し形は変わりますが、最初の出だしが、常に8分音符が2つあるのは、最後まで変わりません。

このリハーサルマークBのヴァイオリンのテーマを支えているコード進行ですが、 1小節目がGメージャー、2小節目がB♭マイナー、3小節目がGメージャー(メロディに7thがあり)、 そして4小節目がFマイナー、と見事と言う他ないような和声進行です。

自由自在と言った感じでしょうか。 この複雑な和声進行との兼ね合いを考えると、この「私」と言う方が、 複雑なキャラクターの方なのかな?と、つい僕は思い込んでしまいそうです。(笑)

リハーサルマークCでも、毎小節毎に、C/E、Cマイナー/E♭、G♯マイナー、4小節目は、Gマイナー7thとE♭/Gが2拍づつ、そしてF♯マイナー、C♯メジャー、 Eマイナー6th、G♯メジャー(add 9)と、これだけ繊細に、そして大胆に進行しているのに、 自然に感じられるのは、やはり素晴らしいと言わざるを得ませんね。

そしてリハーサルマークDで、これはこの部分にしか出て来ない雰囲気のものを ピアノが一度だけ弾きますが、「おおっ!これは、次に何かしら出て来るのかなあ?」と 予感させますが、結局、何も出て来ません。(笑)

と言っては可笑しいのですが、僕には、そんな感じにさえ思えるような、 ちょっとだけ「嚇かされるような」、そんな雰囲気が、この部分から伝わって来ました。

そして、このピアノによる「嚇かし」の4小節間の後、 これもピアノで、それまでのピアノの伴奏は、8分音符のアルペジオ風な上行型が主でしたが、 ここで初めてアルペジオ風な下行型の音型が現れます。そしてやはりヴァイオリンによる この曲のテーマが、今度はキーを変えて奏でられますが、最初の4小節間は、 同じコード進行が続きます。ステイしている感じです。 そして5小節目からコード進行が展開をして行き、 最後は、ピアノだけが「僕は、一体どこへ行ったら良いのだろう?」的な、 途方に暮れている様相を示しながら、ゆっくりと終止に向かいます。

 

★ピアノ曲 その5(第3話のBパート、トイレの前で桂馬と歩美が話してるシーンで流れた曲)

ピアノの16分音符の(左手の)繊細なアルペジオで始まるこの曲は、この曲を象徴するような感じがします。

 

繊細で揺れ動くような、且つ不安げな気持ちを現しているかのような、このリハーサルマークAの後半では、次のリハーサルマークBに向けて、G♯マイナー7th(11th)、Gメジャー7th(♯11th)、F♯マイナー7th(11th)、Fメジャー7th(♯11th)、の、やはり繊細なコード進行が2拍づつ2小節間続いた後、2/4拍子の繋ぎがあって、リハーサルマークBで新たな雰囲気が現れますが、僕は、この部分の最初の2小節間のピアノに、ラヴェルの「亡き王女の為のパヴァーヌ」のピアノ版のピアノの書法と言うか、音楽的なイメージを、一瞬思い起こしました。

 

少し説明をさせて頂くと、このリハーサルマークBの最初の2小節間は、チェロが主旋律を奏でていますが、ピアノも、単に伴奏に廻るだけではなく、3声の和音を(右手で)4分音符で柔らかく連打しながら、その和音のすぐ下の音域で、(左手で弾く)2分音符で、オブリガート的に裏メロを奏でている点なんです!

それから、リハーサルマークBの5小節目から6小節目に掛けての、コード進行が、Fメジャー7th、Eマイナー7th、Cメジャー7th、そしてDマイナー7th、になっている部分を、一番最初のFメジャー7thのコードで言うと、基本形の場合、下から上に向けて、ファ、ラ、ド、ミ、ではなくて、ラ、ミ、ファ、ド、と「ドロップ2」(和音の基本形の上から2番目の音を、オクターブ下に落として、オクターブの中に収まっている密集の和音に広がりを持たせるやり方で、これ以外にも「ドロップ3」や「ドロップ2&4がある)にしている点です。

それから、リハーサルマークCの5小節目から6小節目に掛けてのピアノが、これまた繊細で美しいですね!特に、5小節目の3拍目で、メロディがBの音を奏でている部分が、コード的には、D7th(9th、13th)になって、ジャズ的と言うよりは、僕には、むしろフランス近代音楽の香りが感じられます。

それからこれは、僕の妄想かも知れませんが(笑)やはりこのリハーサルマークCの5小節目の1、2拍目のコード(和声)なんですが、譜面上の音符から割り出すと、Gメジャー7th/Aと言う事になりますが、僕は、深読みをして、もしかしたら、Aマイナー7th(9th、11th、addF♯)の3度のCの音と5度のEの音を省略した形だったりするのかな?等と、興味深く感じています。

もしもそうだとすると、Aを基調としたドリアンスケール(Dorian)の全ての音が、この部分の響き(実際には、鳴ってはいないのですが)の中に含まれている事になります。

そしてリハーサルマークDで、再び最初のリハーサルマークAが現れて(チェロは少し形を変えますが)、最後は、ピアノがEを基調としたドリアンスケールの上行型を16分音符で奏でながら終わります。

この最後の部分に来て思った事なんですが、松尾さんの書く音楽に、時に独特な響きや色彩が感じられるのは、通常のスケールを使っていない場合があると言う事とは、決して無縁ではないと言う事です。これがまた松尾さんの音楽の美しさや独特の響きや香り、そして繊細で精緻である故に、更にその香りが、上質なワインのように香り立って行く、と言う事に繋がっているように感じました。これはますます興味深い結果に繋がりましたね!(笑)

最後になりましたが、これが今回の有意義な締めの感想です!

 

2013年9月19日 
        松 田 真 人



 

 

…いかがでしたか?

今回もとても詳しく語ってくださって、しかもただ理論的に解説してるわけじゃなく、松田さんがいかに松尾さんの音楽を楽しんで演奏してたか…が伝わる文章で、ほんっとステキですよね。演奏者さんが作曲者さんの音楽に愛情を持って接してると感じられるのは、第三者として読むだけの私もとても嬉しい気分になります(*^^*)

でも、やはりちょっと専門的な表現があって、理解が難しい部分があるのも事実です。私の中で「?」となったものの一部を松尾さんに説明していただきましたので、松田さんの解説と合わせて読んでみてください。そして、松田さんのコメント内の譜面もこのQ&Aも、今後また増えることがあるかも…です♪

 

 

分数コードって何?

分数コードはG/Aの様に書くんですが、これはベース音がAでその上でGのコードを弾くと言う意味ですね。ベースがラで、その上でソシレの和音を弾くという事です。2曲目の最初の音を見るとベースはラ、右手でシレソの和音を弾いてますね。シレソはGのコードですから、ラ(A)の上でGのコードを弾くという事です。

分数コードというのは実はポピュラー音楽の考え方で、クラシックの和声においては分数コードという概念はありません。先の和音もあくまでAの和音で、A11の和音の第3音と第5音が省略されていると考えます。でも譜面にA11(no3 no5)なんて書いてあったら初見で弾く時には分かりにくいのでG/Aと書いた方が遙かに分かりやすいんです。

 

アイオニアンスケールとリディアンスケールについて、もうちょっと詳しく教えて?

通常のハ長調の長音階(これをメジャースケールとかアイオニアンスケールとか言います)だと、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド ですが、リディアンスケールだとド、レ、ミ、ファ#、ソ、ラ、シ、ド と言うように4番目の音が半音上がるんです。

これは松田さんが書かれているように近代フランス音楽でも使われていますし、ハリウッド系の映画音楽にも良く使われているんです。

 

5曲目のコメントのところで松田さんが「Gメジャー7th/A」と「Aマイナー7th(9th、11th、addF♯)の3度のCの音と5度のEの音を省略した形」が同じことのようにお話されてますが、これはどういうことですか?

図で書くと、こういうことになります。

ドリアン スケールの音が全部入っているので、全体にモードっぽい響きになってると言う事ではないでしょうか。モードと言うのは旋法(スケール)の事で、通常のメジャースケールとかとは違うスケールを使ってる時に言います。

 

 

 

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